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EPILOGUE

ノンビリムラから見えた次の3年次の3年とお礼

ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございます。

数字も、世界の話も、脳の話も、森と海の話も、町の財政の話も、政策の話も、いろいろ詰め込みました。我ながら長くなってしまいました。

でも、ここまで書いてきて、自分の中で残ったことは、シンプルです。

世界には、生きるに値する感動が、たぶんたくさんある。

それを身体で受け取る回路が、現代の生活様式の中で細っている。子どもも、大人も、自治体も、森も、そのリズムを少しずつ忘れていっている。

ノンビリムラの3年でやろうとしてきたことは、その回路を、小さく、ゆっくり、もう一度開く実験だったなぁと、振り返って思います。

次の3年で、やってみたいこと

ノンビリムラ自体は、これからも、のんびりやっていきます。生き急ぐ必要はありません。ただ、もうこの国には、そんなに体力は残っていません。

もう少し踏み込んでみたいことが、いくつかあります。

ひとつは、第12章で書いた「子どもの森プロジェクト」の入口を、ノンビリムラから試してみること。子どもに森の運営を渡す、町の現場で働く機会を作る、地元の杉で何かを建てる。一つずつ。

ひとつは、ムラビトの中から、自分の実験を始める人を増やすこと。そして、ノンビリムラに似たような場所が福岡周辺に増えていくこと。

ひとつは、ここに書いた話を、町の議論の場に持ち込んでみること。本記事のデータが、議論の解像度を上げる材料になればいいなと思います。

スケールはまるで違うけれど、ノンビリムラも、そらやの様な町の事業も、そして69億円が動く町そのものも、根っこは同じだということです。どれも「自分たちで、この場所で、何かやってみよう」「こういうふうにしていこう」という、合意形成で動いている。町という大きな単位では、その合意の代理として議会があり、予算が動く。

そして、合意形成には、出発点があります。みんなが、同じ前提を、ざっくりとでも共有していることです。日本がいま人口でどういう局面にいるのか、久山町がどういう財政構造で、何に強くて何が手つかずなのか──こういうことを、正確でなくていい、誰かと少しダベれるくらいには、町に住む大人が知っている。その共通言語があって初めて、「じゃあ、うちの町はどうする?」という話が、解像度を持って始められる。

このレポートは、たぶん、そのための材料です。誰かを論破するためでも、行政を責めるためでもなく、同じ町に暮らす人たちが、同じ地図を広げて話せるようにするためのもの。

これまでの3年・いま(来訪者2,850人/年、ムラビト400人)・次の3年

森のメンテナンスは、長期的な仕事です。植樹した広葉樹が大きくなるのは30年〜50年先。私が生きている間に、客観的に意味のある変化を起こせるかどうか分かりません。自分一代で完結する仕事ではない、ということです。

ノンビリムラに来てくれている子どもたちが、20年後、30年後にもこの場所と関わってくれるかどうか。彼らが大人になったとき、この森をどうしてくれるか。そこに、たぶんノンビリムラの本当の意味がかかっています。自然に関わる能力だけで言うと、僕を遥かに凌ぐ子どもはたくさんいます。そういった子に会う度に、とてつもなく嬉しくなります。

最後に

普段関わってくださっている皆様、本当にありがとうございます。こんな文章を書けるのもパソコンを発明してくださった先人の方々のおかげ、ここまでの社会を作り上げてきた全ての方々に感謝申し上げます。

そして、ムラビトの皆さんのおかげで、ムラづくりを楽しくやらせていただいております。体も心も元気です。

これからもしばらくは、ここまで書いてきたことを自分なりの哲学と美学として、ぼちぼちやっていけたらと思います。これからもよろしくお願いします。

まだノンビリムラに来たことがない人で、興味が湧けば、ぜひ一度、遊びに来てください。火を起こしながら、お待ちしています。

では、また。

NPO法人mie 代表理事 ナガサワカンタ

2025年、ノンビリムラ3年目の節目に

— 完 —

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