マタギ的に生き抜くAI時代の予測不能性と、適応スキル

AIが台頭する世界
まず、自分が日々感じている時代感覚から書きます。
私は、プログラミング言語は書けませんが、ここ4ヶ月で5つのアプリケーションを開発しました。そのうち2つは、半自動で、毎朝一定の仕事をこなして、成果報告を上げてくれます。どのワークフローを自動化するのかさえ明確に決定できれば、自然言語でソフトウェアを作成可能な技術に誰もがアクセスできます。nonbiri mura(iOS)はストアに出しておりますので、ぜひ触ってみてください。
AIたちの進化スピードは異常です。
- 1ヶ月前にできなかったことが、できるようになる
- 1日経つと、新しいモデルがリリースされている
- 1時間前にやっていた作業が、今は不要になっている
この技術的な前提が書き換わる速度の圧縮は、まるで早送りの世界で自分だけがゆっくり歩いているようです。ジョジョの奇妙な冒険に出てくる「メイドインヘブン」のようです。
2010年代から「VUCA」という時代に入ったと言われていました。
V:Volatility(変動性)U:Uncertainty(不確実性)C:Complexity(複雑性)A:Ambiguity(曖昧性)
VUCAは、もともと米陸軍が冷戦終結後の世界を表現するために使い始めた言葉です。
こういう時代を、どう生き抜けばいいのか。

マタギ仮説
ここで私が提案したい仮説があります。
これからの時代を生き抜くスキルは、「マタギ的なスキル」──これが本章の主張です。
マタギとは、東北の山岳地帯で、熊や鹿を仕留めながら生きてきた狩人たちのことです。何百年も続いてきた職能集団。
彼らの何がすごいかというと、「未来を完全に予測することを諦めて、状況に応じて反射的に動く」という、直感のさらに先、独特の身体技法を身につけていることです。
熊が出てくる正確な時間や場所は、誰にも予測できません。マタギは「だいたいこの辺に出るかも」というレベルの予測しか持たない。それでも、いざ熊が出てきたとき、彼らは反射的に動きます。
- 火を投げる
- 声を出す
- 木に登る
- 刃を構える
- 伏せる
これらの選択肢の中から、状況に応じて、瞬時に何を試すかを決める。試した結果がうまくいかなければ、次の手を試す。試行を連続させることで、結果として生き残る。
これが、マタギの生き残り戦略です。
そして私が思うのは、AIに業務の半分が代替されていく時代に生き残る人は、マタギ的に動ける人なんじゃないか、ということです。
「正解」を知っている人ではなく、「状況が変わったときに、すぐ動ける人」。
これはただの思いつきではなく、現代の意思決定理論や哲学の蓄積と、符合する話だったりします。順番に紹介します。
理論1:OODA Loop(米空軍のジョン・ボイド大佐)
最初の理論は、米空軍のジョン・ボイドというパイロット出身の戦略理論家が、20世紀後半に提唱した「OODA Loop」というフレームワークです。
OODAは、こう動きます。
Observe(観察)→ Orient(方向づけ)→ Decide(決定)→ Act(行動)
この4つを、超高速で、繰り返し回す。これが、戦闘機パイロットの意思決定モデルです。
ボイドが発見したのは、敵より速くこのループを回せれば、敵は自分の意思決定が完了する前に状況が変わって混乱する、ということでした。
つまり、戦闘では「正しい決定」よりも「速い決定の連続」が勝つ。
これは、まさにマタギの動きと同じです。
理論2:Antifragility(ナシム・タレブ)
二つ目の理論は、ナシム・ニコラス・タレブという哲学者・元トレーダーが2012年に提唱した「Antifragility(反脆弱性)」という概念です。
タレブは、システムを3つに分類しました。
- Fragile(脆い):衝撃で壊れる。例:ガラス、官僚組織、巨大な単一ビジネス
- Robust(頑健):衝撃に耐える。例:石、堅牢な建築物
- Antifragile(反脆弱):衝撃から学習し、強くなる。例:人間の筋肉、進化する生命システム、小規模で多様な経済
タレブの主張は、こうです。
変動性、ランダム性、無秩序、ストレッサー──これらを愛し、そこから利益を得るシステムこそが、長期的に生き残る。
筋肉トレーニングでは、負荷というストレスをかけることで強くなります。負荷ゼロで温存していると、逆に萎縮する。
人間の脳も、免疫系も、経済も、ある程度のストレスや変動を受けることで、健全に機能します。完全に守られた環境では、システムはむしろ弱くなる。
タクシードライバーは、毎日収入が変動します。良い日もあれば悪い日もある。でも、その変動の中で、客のいる時間帯、混む経路、効率的な動き方を、身体で学習し続けます。失敗の数だけ強くなる構造です。
公務員は、収入は安定しています。でも、そのシステムが何らかの理由で崩れたとき、対応する経験値が圧倒的に不足している。一見安全だけど、ショックに弱い。
これからは、反脆弱なシステムを身体に埋め込んでいる人こそが、生き残っていく。というタレブの主張です。
理論3:西田幾多郎の「行為的直観」
西田幾多郎という、京都学派の中心人物だった哲学者がいます。1936年に『哲学の根本問題』という著作の中で、「行為的直観(こういてきちょっかん)」という概念を提示しました。
これが、上で書いたOODAやAntifragilityと、論理構造が驚くほど一致しています。
西田の話を、私なりに乱暴に要約すると、こうなります。
西洋哲学は、長い間、「私(主観)」が「対象(客観)」を、外側から眺めて理解する、というモデルで物事を考えてきた。しかし、人間が世界を本当に理解するときの構造は、それじゃない。人間は、世界の内側にいて、世界に働きかけながら、その応答を通じて世界を直観する。
「モノを認識するとき、自分がそのモノに働きかけ、作る立場で直観する」
これが「行為的直観」の核心です。
具体例で言うと、こういう感じになります。
- 木工をする人が、木を彫りながら、その木の固さや繊維の方向を「分かる」
- 料理人が、食材を切りながら、その日の食材の状態を「分かる」
- 武道家が、稽古を重ねる中で、相手の動きを「分かる」
- 漁師が、海と向き合う中で、その日の魚の動きを「分かる」
これらの「分かる」は、本を読んで分かるんじゃない。身体で世界に働きかけながら、その応答を通じて、世界を直観する。

3つの理論の、同じ真理
OODA Loop、Antifragility、行為的直観。起源も、専門領域も、年代も、ばらばらです。
- OODA:1970年代の米空軍、戦闘機パイロット理論
- Antifragility:2012年、フランス系アメリカ人の哲学者・トレーダー
- 行為的直観:1936年、日本の哲学者
しかし、これらの中身は、私の目には同じ一つの真理なのかもしれないと感じます。
3つの理論が、別々の出自から、同じ「マタギ的スキル」を指している。
「世界を完璧に予測することはできない。でも、世界に働きかけて、応答を読み、修正する、というループを高速で回せる人(システム)が、生き残る」
そして、これが、まさにマタギの動きです。
じゃあ、マタギ的スキルはどこで身につくのか
マタギ的スキルが身につくのは、予測誤差が連続して発生する場所です。
つまり:
- 火が思った通りつかない(予測誤差)
- 鶏の産卵タイミングが天気で変わる(予測誤差)
- 木を切ったら隣の枝が想定外の動きをした(予測誤差)
- 雨が降ってきて、計画を変更しないといけない(予測誤差)
- 子どもが秘密基地で何を始めるか分からない(予測誤差)
- ビオトープに、想定していない生き物が来た(予測誤差)
これら一つひとつが、前述した理論の修行です。
自然とは、まさにこういう「予測誤差の塊」です。森、畑、火、鶏、川、雨、獣──これらは、自分の意のままには動きません。
森や火やミツバチや雨との対話を通じてしか、マタギ的スキルは育たない。
そして、AIが業務の半分を代替する時代に、人間の側に残る最後の砦は、たぶんこの「身体で世界と対話するスキル、成長を実感できること、予測誤差に感動できること、また何かやってみたいなと思えること」なのではと思っています。
少なくとも当面の間は、ここに人間の身体性の意味が残ります。
これは、ノスタルジーや田舎暮らしの趣味の話ではありません。
OODAループ、反脆弱性、行為的直観──最先端の意思決定理論と、日本の身体知の伝統が、共通して指し示している「人間の根本的な生存スキル」を、現代の生活の中に取り戻す可能性をノンビリムラや類似する活動に感じているということです。
そして、その装置は、身体を使う作業場でしか、育てられない。
森、畑、火、鶏、川、雨、ミツバチ、樹──これら全部が、人間の身体を、AIに代替されない方向に鍛え上げる先生です。
次の章では、なぜ「予測誤差」がそんなに大事なのか、その脳科学的な裏付けを、本格的に掘り下げてみます。