自立とは何か自給と調達のバランス、4つの軸で設計する
前章で、日本の地方が抱える「輸血経済」の構造を書きました。「自主財源12%の超赤字事業構造」「開発時にしかお金が動かない仕組み」「全自治体がミニ都市を目指す矛盾」──これらの問題に対して、もう一段、踏み込んで考えたいことがあります。「自立経済」と言うと、つい「全部自分でつくる=自給自足」をイメージしがちです。しかし、これは違います。
自立とは、自給100%のことではない。自給と調達のバランスを、自分たちで設計できる状態のこと。
隣り合う別の自治体や国と、自国では生産できないもの同士を交換し合い、商品や相手を好きになり、相互依存することで、戦争の抑止にもなると言われます。
この章では、衣食住エネルギーという生活の土台を、自給と調達のバランスでどう設計するかを考えます。次章では、そのフレームの上に、ノンビリムラがある福岡県久山町の財政データを乗せて、より具体的に分析していきます。

「自給100%」は、たぶん幻想
「衣食住エネルギーを全部自給する」というビジョンは、ロマンとしては魅力的です。実際、そういう生活を実践している方もいます。尊敬します。しかし、社会全体の選択肢として、これは現実的ではない、と思っています。
全部を自給しようとすると、生産性が低くなりすぎるからです。
個々人の付き合いである社会が凸と凹の補い合いであるように、自分が得意なことと、自分とは異なる背景や条件の他者が得意なことは異なるからです。特産品の考え方と同様です。
桃が育ちやすい地域では、桃を他の農作物よりも育て、キウイが特産品の地域と取引し、結果として、全員が手に入る桃とキウイの総量が増えるというわけです。衣服を全部、地元の素材から作ろうとしたら、たぶん一人で年間2着くらいしか作れません。食料も、米と野菜と少しの肉だけで生きるなら自給可能ですが、現代人の食生活全体を自給するのは無理です。
全部自給は、現代人の生活水準を維持するなら、ほぼ不可能。
じゃあ、自立とは何なのか
「自立とは、自給する部分と外部から調達する部分のバランスを、自分たちで設計できる状態のこと」
ここで重要なのは、「自分たちで設計できる」という部分です。
今の日本の地方は、このバランスを自分たちでは決められない状態になっています。第8章で書いた通り、海士町の自主財源12.3%という数字は、「自分たちでは87.7%のバランスを動かせない」ということを意味します。国からの輸血が止まったら、町は機能しなくなる。エネルギーは主に中東から、食料は世界中から、日用品は中国から、住宅資材は北米から。全部が外部依存で、しかも依存先を選ぶこともできない。これは、自立ではない。

自給と調達のバランス、4つの軸
ここで重要な前提は、バランスの最適解は、地域によって違うということ。北海道と沖縄、都市と里山、平野と山間部では、自給できる比率も、調達のしやすさも、全部違う。だから、画一的な「正解」はありません。その上で、4つの軸を見ていきます。
軸1:エネルギー
日本のエネルギー自給率は、約4%(化石燃料を含めると10〜13%)。先進国の中でも極めて低い水準です。
これは、第2章で書いた構造的な円安と、直結する話。日本は石油、ガス、石炭を、ほぼ全量輸入している。エネルギー価格が上がると、貿易赤字が拡大し、円が売られ、円安が進む。すると輸入価格がさらに上がる。この悪循環の入口に、エネルギー自給率4%という数字があります。
ここに、自律分散型のエネルギー設計が、構造的な意味を持ってきます。
具体的には:
- 太陽光発電:日本の屋根の上、駐車場、休耕地に設置できる規模は膨大
- 蓄電池:太陽光と組み合わせれば、夜間も含めて自家消費比率を上げられる
- 電気自動車(EV):最新のEVは、家庭の蓄電池としても使える(V2H)
- 小水力発電:山間部の小川で、数キロワット〜数十キロワット規模の発電が可能
- 薪・木質バイオマス:暖房、給湯、調理の一部を森の恵みで賄える
これら全部を組み合わせても、100%自給は難しい。でも、「家庭で使うエネルギーの半分を自前でつくる」状態は、技術的にはもう実現可能です。中央集権的な電力グリッドが何らかの理由で止まっても、太陽光と蓄電池がある家は最低限の機能を維持できます。災害時、停電時、エネルギー価格高騰時──こういうときに、自律分散型のエネルギー設計は、文字通り命を守る。
軸2:食
日本の食料自給率は、カロリーベース38%、生産額ベース64%(2024年度、4年連続38%)。これも先進国の中で極めて低い水準。米国123%、フランス117%、ドイツ84%、イギリス54%。日本は主要国の中で最下位クラスです。そして2024年6月、食料供給困難事態対策法という法律が成立しました。食料危機が起きたときに、政府が農家に増産を求められるようにする法律です。この法律ができたという事実そのものが、「日本政府は、食料危機が現実的なリスクとして起きうると認識している」ことを示している。
食における自律分散型のアプローチは:
- 家庭菜園・市民農園:プランターでも、ベランダでも、できることは多い
- 地域で買う・地域で食べる(地産地消):流通の自律性が上がる
- 小規模な農、畜産、養蜂、養鶏:ノンビリムラがやっている方向
- 保存食・発酵食の文化:冷蔵庫が止まっても食が続く仕組み
- 耕作放棄地の活用:日本には今、農地として使われていない土地が大量にある
ここでも、100%自給は不要。「自分の食べているものの素性が、ある程度自分で把握できる状態」を、目指せばいい。
軸3:住
住の話は、エネルギーと食より複雑です。家を一から自分で建てるのは、資格と技術と時間が必要で、たいていの人には現実的ではありません。でも、住に関わる部分的な自律性は、結構いろいろあります。
- 木材:日本の人工林は伐採率0.53%でほぼ放置(第7章参照)。地域の木で家を建てる、家具を作る、という選択肢を取り戻す
- メンテナンス:DIYで補修・改修ができる範囲を増やす
- 庭・敷地:植栽、ビオトープ、家庭菜園で、住空間そのものに自然を組み込む
- 断熱・省エネ:エネルギーの使用量を減らす設計
- コミュニティ:近所との顔の見える関係を回復する(防災にも直結)
軸4:衣
衣に関しては、まだあまり踏み込めていない領域です。日本の繊維自給率は、ほぼゼロに近い。綿、ウール、化学繊維、ほぼ全量輸入です。これを自給に持っていくのは、現代の生活水準を維持しながらだと、相当難しい。ただ、修繕、リユース、ローカルブランドの応援、長く使う文化といった方向性は、衣の自律分散の入口として有効です。
私自身、普段の衣類の購入先はBOOKOFFです。

自給と調達のバランスを横串で見る
「100%自給」を目指すのではなく、「自給率を10〜30%まで上げる」だけで、社会全体の構造は大きく変わる。
具体的に、こんな試算ができます。たとえば、もし日本の家庭が平均して:
- エネルギーの30%を自家発電
- 食の20%を地産地消・自家栽培
- 住メンテナンスの50%をDIY
- 衣を、修繕・リユース中心に
これだけで、貿易赤字は劇的に縮小します。各家庭の現金支出も、大きく下がる。これは「我慢」の話ではなく、「自分でつくる楽しさ」と「家計の余裕」と「災害時の安心」が同時に増える設計です。そして、これらの自給活動の多くは、第5〜7章で書いた「身体で世界と関わる経験」そのものでもあります。
でも、地方一つだけでは無理
現実的な制約として、これらの自律分散型の暮らしを個別の家庭が単独でやるのはハードルが高いです。技術、知識、初期投資、時間──すべてが必要になります。だから、地域コミュニティの単位で、これを支える仕組みが必要です。そして、ここに自治体の役割があります。
このフレームを持って、次章では、ノンビリムラのある福岡県久山町を、財政データから具体的に解剖していきます。